起業から企業へ  1967(昭和42)年~

丸濱重運機工株式会社の本社社屋(1969年頃)
大阪万博日本政府館のエスカレーター設置工事(1969~70年)
丸濱重運機工株式会社設立の1969年1月14日に発行された朝日新聞
ゼネラル石油堺製油所メインタワーの定期修理工事(1971年頃)
地盤改良のための杭打ち工事(1975年頃)
クレーンを横移動させる直角旋回台(キャスター)(1980年頃)
基礎上移動レール(ローラー)(1980年頃)
高圧線を回避するために開発したスペースコンパクトハンガー(1992年)

 当社の創業は1967(昭和42)年4月1日です。
 「全従業員萎縮することなく、意気に感じて仕事に励める少数精鋭主義集団を創り、『努力』と『信用』を大切にして生活の信条の向上を図る」という目標を立て、門真市内に事務所を開きました。屋号は丸濱重運機工。従業員数名の小さな所帯で、「諸機械の運搬・据付・解体工事の請負業」としてスタートしました。
 他社との差別化を図るために進取開拓の精神を忘れず、顧客の信頼を勝ち取ることに全力を注ぎました。努力の甲斐あって、次第に「信用と信頼の累積拡大」を図り、徐々に業績が伸びていきます。
 当時は、戦後日本の高度成長期です。堺泉北臨海工業地帯の石油コンビナート拡充に伴い、増大する需要を取り込み、受注は安定していきます。
 創業から2年目の1969(昭和44)年1月14日、資本金2000万円で丸濱重運機工株式会社を設立。同年、現在の大東市幸町に本社社屋を建設し、移転します。

 住宅事業との最初の接点は、1971(昭和46)年。日本で初めての鉄骨ラーメン構造のユニット住宅が開発され、その関西第1号として大阪堂島に住宅展示場を据付施工したことです。
 この頃、当社は、機工部と運輸部の2部制に組織を再編します。
 機工部は、重量機械器具の設置、鉄骨組立、足場工事、ユニット住宅の据付、運輸部は4トンと10トントラックの運送、クレーンのレンタルを手がけました。創業当時の業務内容は多様でした。
 一方、高度成長期が終焉していくなかで、事業の核となるものが求められていました。経営者の濱中は、住宅産業の将来性を見込んで、住宅建築の事業へと選択と集中を進めます。
 住宅の事業に特化するに伴い、悪路、不整地、狭あいな道路、傾斜地、塀や電線の障害物など、日本の住宅建築が抱える特有の問題に直面するようになります。こうした課題を克服し、不可能を可能にするという規範意識が次第に社内に醸成されます。工夫改善を重ね、お客様のニーズに応えようという姿勢が数多くの特殊機器の開発につながります。
 困難を乗り越える当社の姿勢は、取引先に高く評価されました。会社の強みとして、技術力、事業に対する積極性と柔軟性、そして安全に対する教育とマナーの良さが次第に特筆されるようになります。

人間尊重のテクノロジー集団  1983(昭和58)年~

ハマックス京阪奈営業所
「ハンマーひとつで組立てカンタン」の謳い文句で販売されたビケ足場は、その後、低層の建築現場を席巻した画期的な商品だった
阪神淡路大震災からの復興のための仮設住宅建設工事(1995年)
ハマテックは被災地救援のボランティア活動に尽力し、大阪府警備業協会から感謝状が贈られた
ハマテック機材センター(1996年)

 ビケ事業に着手したのは1985(昭和60)年です。
 当時のユニット住宅の上棟は無足場工法を標榜していました。丸太足場や単管足場の施工実績があった当社は、安全な作業環境の構築のための足場の有用性を認識していました。そこで着目したのが、1984(昭和59)年に「小規模建設工事用足場の部材及び付属金具」として社団法人仮設工業会に認定されたビケ足場です。
 その頃、低層の住宅建築現場では墜転落事故が社会問題になっていました。住宅の建築現場では、丸太足場に代わって単管足場が使われ始めていましたが、ビケ足場の機能性や安全性には及びません。そこで当社は、建設の現場にビケ足場を普及拡大し、安全な作業環境を創造することを新しい事業の核としたのです。
 その後、ビケ事業の成長に従い2番目の営業拠点として、1988(昭和63)年4月、京都府相楽郡木津町に京阪奈サービスセンターを開設します。
 1989(平成元)年7月25日には、会社設立20年を機に、株式会社ハマテックに社名を変更します。社名変更は、「人間尊重のテクノロジー集団を目指す」を企業理念にしたCI(コーポレート・アイデンティティ)導入の出発点でした。

 当社は、社名変更とCI導入を第2の創業と位置付けました。全社員が、開拓者(創業者)としての気概を共有すること、そして3Kに決別した若さあふれたフレッシュなイメージを浸透させ、働きがいのある会社づくりを目指すこと、CIはそのための導火線となったのです。
 また、1990(平成2)年6月に警備会社を買収、株式会社ハマテックスに社名を改めました。ハマテックスは、交通誘導、施設警備、人材派遣、損害保険代理店業務などを事業内容とした会社で、濱中が思い描いていた分社化経営への道標でした。
 当時、クレーンのレンタル事業とビケ事業の売上比率は3対1でした。
 その頃のクレーン業界は、大半が大手ゼネコンからの受注で収益を上げていました。一方、当社は、特殊車両、特殊機器を開発し、特殊工事を得意分野としていました。この強みを生かして、大阪、奈良中心だった市場を近畿圏全域、中部市場の開拓に注力、次第に活動範囲を広げていきます。
 こうした2つの事業の相乗的な成長に従い、クレーンのオペレータ付レンタルの事業とビケ事業の2事業部制を発足させます。2事業部制への移行により、市場規模は近畿圏全域に拡大、サービス拠点を次々と開設していきました。
 1990(平成2)年7月、兵庫県三木市に神姫サービスセンター、1990(平成2)年12月、大阪府泉佐野市に阪和サービスセンター、1991(平成3)年、三重県阿山郡伊賀町に中部サービスセンター。矢継ぎ早の拠点展開が今日のグループ隆盛の礎を築いたのです(中部サービセンターは1992(平成4)年9月に三重県上野市内に移転)。
 こうして事業が拡張していく中、近畿地方を激震が襲います。1995(平成7)年1月17日未明、阪神淡路大地震が発生、都市インフラの脆弱性や木造住宅の欠陥問題をあぶりだした震災とその復興に直面することになります。
 震災直後は、被災地パトロールなどのボランティア活動や義援金の調達に尽力しました。 また、仮設住宅建設に参画し、600戸の仮設住宅を完工しました。
 混迷に直面しても、当社は順調に業績を拡大しました。1995(平成7)年7月7日にはビケ事業部門を分社化し、資本金2000万円で株式会社ハマックスを設立。グループ3社体制へと結実します。
 1996(平成8)年8月には、兵庫県加東郡社町にハマテック滝野社機材センターを開設。念願だった足場部材の社内整備体制を確立し、計画的な経年管理による顧客満足度の大幅な向上を実現したのです。

躍進するオンリーワン企業 1997(平成9)年~

低公害車として大阪府知事から表彰されたユニット専用運搬台車(1997年)
サービスマンリーダーは現場審査と適格性判断をもとに社長面接を経て選任される
ベトナムの実習生
手すり先行による足場の組立
安全・環境大会
品質コンテストの上位入賞者
2017年度足場施工品質コンテストの案内ポスター
クレーンの旋回状況がタブレットの画面に再現されるシステムアプリ
積み降ろし作業の効率化を実現した専用ラック

 1997(平成9)年1月28日、当社が開発したユニット専用運搬台車(エコテックキャリー)が低公害車として大阪府知事から感謝状を授与されました。技術のハマテックの面目躍如たるものがありました。
 この頃、グループ3社をヒューマンテックグループという呼称に改め、グループの総合力で顧客満足を向上させる「ATCSシステム」を経営革新の指針としてまとめます。同時に「5Sを実践してATCSを必達する」という重点目標をかかげました。
 また、2001(平成13)年8月1日には、ハマテックが地球にやさしい企業を目指して環境マネジメントシステムのISO14001を認証取得しました。
 1998(平成10)年10月には、ハマックスの施工スタッフであるサービスマンのリーダー昇格認定制度を採用し、リーダー資格条件や認定方法を確立するなど、人の育成のための各種の制度改革にも取り組みました。
 少子高齢化の中で、現業部門の人材不足は深刻なものがあります。ハマックスは、ビケ事業の施工力を安定的に確保、育成するため、サービスマン育成の制度と合わせて外国人技能実習制度による実習生の受け入れを2002(平成14)年7月から開始しました。当初、中国から招へいしていた実習生は2013(平成25)年からベトナムの技能実習生に移行、当社の貴重な要員として業績拡大に寄与するようになっています。

 さらに、2003(平成15)年に厚生労働省から手すり先行工法のガイドラインが公示されると他社に先駆けて手すり先行式足場の導入を検討、2009(平成21)年には、ビケ足場による足場先行工法であるBX足場を本格導入しました。手すり先行工法は、安全な足場工法を確立し、顧客のニーズに応えるだけでなく、現場の作業環境改善に威力を発揮しています。
 この足場先行工法の施工技術確立や現場品質の向上を目的に、ハマックスは平成26(2014)年から毎年、足場施工品質コンテストを実施しています。所属の全チームが施工した現場をチェックし、当社の施工標準の順守状況やサービスマンの創意工夫を点数化、評価上位のサービスマンは表彰するとともに、年間を通じたランクを付与して品質に対するモチベーションの向上に役立てています。
 一方、特殊工事に本領を発揮するハマテックは、道路幅、障害物、高低差、高圧電線などの制約の中で、事前の現地調査を短時間で的確に実施するスキルが必須でした。こうした長年の経験で積み上げてきた知恵と工夫をタブレット端末の中にシステムアプリとして凝縮。次世代の新人教育や現地調査の効率化に役立てています。2013(平成25)年に実用化されたこのシステムは、ハマックスの足場施工のため事前調査にも活用しています。
 ハマックスでは、トラックの積載方法改善にも取り組んできました。とくに、2017(平成29)年に全車に標準化した積載方法は、コンプライアンスを意識し、全種類の部材を同時並行的に積み降ろしできるように自社製の専用ラックを開発、積み荷作業の大幅な改善効率化を実現しました。
 当社は、時代の変化を見据え、たゆまぬ挑戦と革新を社是とし、オンリーワン企業を目指してきました。この50年の感謝の歩みを引き継ぎ、100年企業への挑戦と飛翔を継続していきます。