足場の昔風の言い方、足代(あししろ)

足場を足代と言うのは本当ですか。いつごろの言葉ですか

あなない
 「招待した人に足代を払う」のように交通費のことを足代(あしだい)といいますが、読みを「あししろ」に変えると足場のことを意味します。
 江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎の代表的作品である「富嶽百景」のひとつ、「足代の不二」は、「あししろのふじ」と読みます。現代語では「足場の富士」です。
 あの広辞苑にも足代(あししろ)の記載があります。「①高い所に登るために材木を組み立てて造った仮設物。あしば。あしがかり。②基礎。準備。下ごしらえ」と解説されています。
 とはいっても、今日、「あししろ」という言葉を耳にすることはまずありません。
 建築用語の古典的名著といわれる「日本建築辞彙」(中村達太郎著)では、足代(あししろ)を「煉瓦積または建前(たてまえ)などをなすため、丸太などにて造りたる仮設物をいう。 足代の柱を<建地>といい、建物を連続する横丸太を<布丸太>と称す。 また建地および布丸太に直角なる横木を<腕木>と名づけ、その上に渡したる板を<歩板>(あゆみいた)または<投渡板>(なげわたしいた)と称す。足代に建前足代及び軒足代の別あり」と説明しています。
 同書は、1906(明治39)年に初版が上梓された古建築用語の淵源といわれる書籍です。 脚注に、「足代は近世にも<足場>の意に用いられた」と記していますが、少なくとも近代(明治期)までは足代という言葉が巷間に息づいていたと思われます。
 古典的文献にもアシシロの言葉は多数、見受けられます。
 「半作の家ならば足代と云ふ物に、上に大きなる木どもを横ざまに結びつけて置きたりけるが」(今昔物語19巻)。
 「材木のうちにしても、ふしおほく、ゆがみてよわきをばあししろともなし、後には薪ともなすべきや」(五輪書・地の巻)。
 また、法隆寺の工匠が著した最古の建築書『愚子見記』にも次の記述があります。「堂方材木積之品々‥‥一、足代之木・竹・鉄類・諸道具、右同断」。
 では、足場と足代はどう違うのでしょうか。
 寡聞にして臆測の域を超えませんが、足場は、狭義の足場としての「足代」のほか、「足で踏まえるところ」「足もとの具合」など広義に用いられていたものが(『角川古語大辞典』)、次第に足代に取って代わったのではないでしょうか。
 ところで、足場の古語には、麻柱(あなない)があります。
 「①< (足)ア(荷)ニナヒの転か。人の足をかつぐ意>助ける、②足がかり、足場」(『岩波古語辞典』)。
 「アナナフは‥もっぱら臣下が天皇の補佐を果す意を表している。高所へ上る踏み台の意のアナナヒは、この語の名詞形であろう。アを足の意とし足担ふの転じた語と見る説がある」(『角川古語大辞典』)。
 「日本建築辞彙」にも次の記述があります。
 「古語なり。『足の補ない』の転訛にして足代なりといえる説ある。或いは然らん。また『足幷び』(あしならび)の義にして足代なりとの説もあれど、余はむしろ前記に左袒す(味方するの意)。 天平宝字年代の古文(大日本古文書)に薬師寺の工事を記したる中、『作仏光麻柱、功八十四人』とあるは『仏の光背設置の為め足代を建つ。その取建人足八十四人』との意なるべし」。 つまり、人の足を補うものということから「あなない」という言葉が生まれ、それが転じて「あししろ」となったというのです。
 「あなない」や「あししろ」は今では死語になった言葉です。 ところで、『日本建築辞彙』で「あししろ」を構成するものとして記載された建地、布、腕木は、労働安全衛生規則その他の技術書で現在でも多用されています。 今なお、足場の機能的な部品を表現する重要な語彙です。(文・松田)

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