足場のスパンの長さと尺の関係

ビケ足場のスパンは、どうして300の倍数になっているのですか

(2018年8月1日 掲載)

 足場の支柱と支柱の間隔のことをスパンといい、その最大長さが労働安全衛生規則で1.85mとされていることから、ビケ足場を含む鋼管足場の基本のスパンが1800mmであることはひとつ前の稿で説明しました。

● ビケ足場の踏板の種類と寸法
踏板
 ビケ足場は1800のほかに、1500、1200、900、600のサイズの手すりと踏板があります。つまり、スパンの長さは300の倍数となっています。また、敷地が狭隘な場合などで300の倍数で対応できないときのために150のスパンの手すりと作業床が用意されています。
 一方、インチサイズの足場も存在します。インチサイズ足場は、1インチ=25.4mmの12倍である304.8(1フィート)の倍数となるスパンで構成されていて、基本のスパンは6フィート長となる1829mmです。ちなみに、日本には計量法という法律があり、製品の取引や証明に法定計量単位以外の単位を用いてはならないことになっているので、テレビ画面の大きさを○○インチではなく○○型と言い換えるように、足場の場合も寸法が事実上25.4mmの倍数となっているだけでインチで表記することはできません。とはいえ、事実上でもインチサイズの足場が残っているのは、インチを公式サイズとしてきたアメリカで開発されたビティ足場が枠組足場の原型となったことに由来するのでしょう。
 一般に、この2種類の足場のことをメーターサイズとインチサイズといいます。しかし、メーターサイズといっても1メートルの倍数あるいは約数の寸法で構成されているわけではありません。たんに、法定の計量単位であるメートルで表記しているにすぎません。そういう意味では、インチサイズ足場もメートル表記足場です。メーターサイズはインチサイズより数字の区切りがいいというだけです。
□ 尺貫法とモジュール □
 建築物の設計で基準となる基本寸法をモジュールといいます。もっとも汎用的な基本寸法は尺貫法に由来した尺モジュールの910です。このほか、京間(関西間)サイズや四国間サイズなどがあり、960、980、985のモジュールがありますが、建材の規格化や共通化という面で有利ではないのであまり一般的ではありません。これらはいずれも、尺を基本とした寸法です。このほか、狭小な敷地にコンパクトに建物が収まるように(多分)、900モジュールで設計された建物も多く見かけます。これも、尺モジュールの一種です。その一方、最近は、車椅子の利用などを想定したゆとりある住宅設計ということで1000を基本寸法とするメーターモジュールの家を提供する住宅メーカーが増えてきました。
 尺は、1891(明治24)年に制定された度量衡法で33分の10メートルと定義されています。つまり、303.030mmが1尺です。1間が6尺で1818mm。その約半分の910mmがモジュール単位ということです。
 度量衡法で定義された尺の寸法は、紀元前1000年ころに栄えた中国の周の時代に誕生した曲(かね)尺にさかのぼるといわれています。その後、紆余曲折を経て、最初の日本地図をつくった伊能忠敬が測量の基準となる長さを決める必要から、当時使われていた京都系の竹尺と大阪系の鉄尺を折衷した長さを考案し、それを明治政府が採用したのが現在の尺の長さです。
 東アジアの尺と全く別の経路で発達してきた欧米のヤード・ポンド法では1フート(複数はフィート feet)は304.8mmです。日本の尺と比べると2mm足らず長いだけです。古今東西、30cmぐらいが人間にとって使いやすい長さの基準だったのでしょう。
● 手を広げた時の親指と中指の先端の距離を一尺と定めた
尺の由来
 尺は身体尺といわれ、人間の大きさを基準に決まった寸法の単位です。古代中国では、手のひらを床面に目一杯に押し広げたときの親指と中指の先端の距離を1尺に定めたといいます。尺という漢字は、その形状を表現しています。実際に測るとわかりますが、凡そ18cmくらいです。長さや量、重さの統一は商業上の取引や租税の取り立てに必須の条件です。「凡そ」というわけにはいかないので、ときの権力者は、公定の尺の寸法を厳密に定める必要に迫られます。ところが、公定尺の寸法は次第に長くなっていきます。1尺18cmでは短すぎたのです。
 現在の尺につながる曲尺は、周の時代の伝説的な建築の工匠が発明したということです。この尺は手の大きさではなく、人の歩幅がもとになっていました。足の長さを基準とするという1フートと1尺がほとんど同じ大きさなのも納得です。この建築職人が考案した民間発祥の尺は、一方の公定尺が王朝の栄枯盛衰とともに変遷を繰り返したにもかかわらず、その長さがほとんど不変なままに師匠から弟子へ伝承され、海を越えて日本へと伝えられました。身体に由来し、現場の必要で生まれた曲尺は「ちょうどよい長さ」だったので規格を変更する必要がなかったのです。また、曲尺は巧妙な計算尺にもなっていて建築技術を伝承する道具でもありました。
□ 国際標準としてのメートル法 □
● 1メートルの長さは絶対不変の地球を基準にしている
地球とメートル
 現代の度量衡であるメートル法は、人間ではなく地球の大きさを基準としています。端的にいうと、北極から赤道までの距離を1万㎞として、その1千万分の1を1メートルとしました。なんとも気宇壮大な構想を実現したのは大革命で揺れる18世紀末のフランスの科学者でした。その後、測量技術が進歩するに従い、実際の長さは1万1.97kmであることが判明し、現在では「光が真空中で1/299,792,458秒間に進む距離」という素人には難解な定義になっています。
 新しいメートルの制度は、1875年の「メートル条約」成立で国際基準になり、日本も1885(明治18)年に加盟しました。その後、1891年に度量衡法が制定され、メートル法に対応して尺貫法という名称が生まれると同時に、尺の長さをメートル法で厳密に定義したことは、先述したとおりです。
 さらに戦後になると、度量衡の統一が図られます。計量法が制定され、1959(昭和34)年以降、商品を販売するときの表示に尺貫法の単位の使用が禁じられます。尺貫法で計測するための道具の販売も禁止されました。違反すると50万円以下の罰金に処せられ、当時、大工さんが逮捕されるという騒動も持ち上がっています。こうして、尺貫法の使用が禁止され、国際基準であるメートル法だけが国民に強制されました。
● 1尺=30cmと表示されたメートル併用曲尺。のちに合法とされた。
曲尺
□ ちょうど良いサイズの300 □
 身体を基準とする尺貫法が万人共通の国際基準になじまず、地球という絶対不変の大きさに由来するメートル法が国際単位として優位であることは自明のことです。しかし、人間のサイズ、なかんずく日本人の身体に依拠した尺貫法の便利さも否定できません。尺貫法は法律によって抹殺され、表舞台から遠ざけられました。しかし、和裁に使用する鯨尺の使用がのちに許容され、また、事実上、尺貫法の単位であってもメートル法で表記されていれば合法となるなど、尺貫法受容の動きもあります。たとえば、日本人が一回で食べる「ちょうど良い」米の量である1合180㏄の計量カップはいまなお、現役です。炊飯器の容量は○合炊きと表示されたままです。
 建築の設計単位であるモジュールもそのひとつです。日本人の住いの廊下幅は780mmくらいが適当とされ、それに柱の寸法を加えた910のモジュールが狭い国土を有効活用する合理的な寸法だったのです。
 同様に、足場のスパンも、300を基本単位とすることが理にかなっています。別稿の「作業床と外壁の間隔」でふれたとおり、作業床と壁の間隔は凡そ200mmから500mmが許容範囲です。近すぎると壁の作業ができず、遠いと届きません。300という数字は、許容範囲内に足場と建物の距離を収めるための「ちょうど良い」サイズです。また、インチサイズに比べて300という数字はメートル法で単純に表記できる利点があります。そのうえ、尺モジュールの建物との相性にも優れています。足場のスパンは、日本人の身体サイズに由来した尺貫法の括りのなかで考えることができます。(文と絵・松田)