労働安全衛生法と足場
労働安全衛生規則の基準を満たしていない足場を見かけることがありますが、労働安全衛生規則に法的な拘束力はありますか
(2021年12月25日 掲載)
労働安全衛生法と労働安全衛生規則
日本国憲法31条は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」と定めています。これは、どのような行為が刑罰に該当するかの予見可能性を明確にするとともに、国民の代表者で構成される国会の議決によらなければ国民に罰則を科すことができないという罪刑法定主義の原則を定めたものです。
法律とは国会の議決を経て制定されるもので、行政機関の命令である政令や省令などとは区別されます。政令や省令は、その上位にある法律の委任がなければ国民の権利を制限し、または義務を課すことができません。
労働安全衛生法(以下、安衛法という)は1972年に労働基準法から独立して施行された法律です。安衛法の施行に伴い、労働環境での安全衛生の基準が飛躍的に高まったといわれています。実際、施行前に年間6,000人ほどで推移していた労働死亡災害が施行後10年でほぼ半減しています(ちなみに、2020年の労働死亡災害は802人で過去最少を記録している)。
安衛法は、その専門技術的な性格と体系の複雑さから難解な法律といわれます。安衛法は様々な内容を含みますが、その中心は、事業場内における安全衛生管理体制の確立と、個別的な危険有害対象に対する安全衛生措置の実施に関するものです。しかし、とりわけ後段の措置義務は、そのほとんどを厚生労働省の省令に委任する構造になっています。内容が広範囲で多岐にわたり技術的な要素を含むことや、社会情勢の変化に合わせて適宜、見直しをしていく必要があるため、そのような方式がとられたと説明されています。
例えば、安衛法21条2項には「事業者は、労働者が墜落するおそれのある場所、土砂等が崩壊するおそれのある場所等に係る危険を防止するため必要な措置を講じなければならない」という記述がありますが、27条1項で、これらの「事業者が講ずべき措置は(中略)、厚生労働省令で定める」となっています。安衛法21条2項は119条で罰則の定めがあり、この規定に違反すると6月以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられることになります。
厚生労働省令とは労働安全衛生規則のことですが、ほかにもボイラー及び圧力容器安全規則、クレーン等安全規則、ゴンドラ安全規則など多岐にわたって省令があります。
一般に、法律と行政機関の命令を合わせて法令といいます。法令は、憲法、法律のほか、条約、政令、省令、告示、通達などの総称です。
安衛法の関連では、内閣が定める政令である労働安全衛生法施行令があり、技術上の指針や規格を公示するための各種の告示もあります。また、労働基準局長名などで発せられる各種ガイドラインや要綱などの通達や通知が多数、存在します。
このなかで、法的な拘束力があるのは、法律の委任がある政令や省令に限られます。一方、下級の行政機関や職員に法令の解釈や運用の方針を示す通達や通知は、下級行政機関等を拘束するため事実上、命令のような性質がありますが、法的拘束力を有するとまでは言えません。
ところで、日本人は統治者(お上)を絶対とする国民意識が根強く残っているといわれます(※)。そのため、通達のような法的拘束力のない規範も、法律と一括りにする傾向があることは否めません。しかし、法律や法律の委任のある事項とそれ以外の法令(命令)とは区別しておかなければなりません。
反対に、罪刑法定主義の観点から、安衛法のような包括的な委任が問題になることがあります。
予防法としての安衛法
本来、安衛法は労働災害の事前予防法という位置付けです。道路交通法が道路における危険を事前に除去し、安全で円滑な道路交通を維持するのと同様、安衛法は労働環境での事故のリスクを未然に防止することを目的としています。ところが、実際には、予防法としては十分に機能せず、むしろ重大な労働災害を発生させたときに、刑法の業務上過失致死傷罪と合わせて事業者が送検されるといったケースがほとんどのようです。
安衛法は、専門技術的で複雑な構成の法律であることなどのほか、こうした包括的委任という性格が、予防法としての機能を弱めているのかもしれません(全くの私見ですが)。
ところで、足場は「作業者を作業する箇所に接近させて作業させるための仮設物で、作業床とその支持物」と定義されます。つまり、安全で作業性の良い作業床を設けることが足場を設置することの意義です。
安衛法21条2項に戻ります。この条文に従い、労働安全衛生規則では第518条1項で「事業者は、高さが2メートル以上の箇所(作業床の端、開口部等を除く。)で作業を行なう場合において墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのあるときは、足場を組み立てる等の方法により作業床を設けなければならない。」という規定を設けています。そして、563条1項に作業床の規格について定め、例えば「イ 幅は、40cm以上とすること。ロ 床材間の隙間は、3cm以下とすること。ハ 床材と建地との隙間は、12cm未満とすること。」(いずれも吊り足場を除く)となっています。
ところが、狭隘な敷地に建設されることが多い日本の住宅建築現場では、40cm以上の作業床を確保することが困難な場面が多々あります。こうした場合、40cmに満たない作業床を設置したからといって安衛法違反で摘発されては不合理極まりません。本来、こうした規定は、具体的な事象を捨象した抽象的な現場を想定したものです。
そこで、厚生労働省は1996年に、労働基準局長名で「足場先行工法に関するガイドライン」(2006年改正)を通達し、低層住宅建築工事における足場の基準等を公表しています。そこには、「作業床」に関して「イ 足場には、40cm以上の幅の作業床を設けること。ただし、ブラケット一側足場であって40cm以上の作業床を設けることが困難な場合には、24cm以上の幅の作業床とすることができる。ロ 作業床の床材間のすき間は、3cm以下とすることができる。ただし、ブラケット一側足場の場合には、5cm以下とすることができる。」となっています。
ここで、ブラケット一側足場の定義は必ずしも明快ではありません。24cm幅の作業床でも二側足場とすることがあります。むしろ、足場先行工法でブラケット一側足場を組み上げると自立しないために、部分二側足場とします。また、24cm以上の作業床を設置することが困難なときは、より狭小幅の作業床や手すりでの代用したり、単管足場のように抱き足場が用いられることもあります。
いずれにしろ、労働安全衛生規則の規定だけでは実際の現場環境と間尺に合わず、その解釈や運用方針として示された通達等も杓子定規に適用できないことがあります。そうした複雑さが、実際の運用を困難にしている面があります。
一方、安全の基準としての安衛法関連の法令の役割は厳然とあります。実際のところ、安衛法が求める安全の基準を逸脱した足場が多く流通しています。金科玉条のごとく法令の字面に拘泥し、その解釈に追われることは好ましくありませんが、足場の設置を通じて安全な作業環境を創造していくという視点が足場事業者には必要です。
(文・松田)
「このような諸改革は、国民の統治客体意識から統治主体意識への転換を基底的前提とするとともに、そうした転換を促そうとするものである。統治者(お上)としての政府観から脱して、国民自らが統治に重い責任を負い、そうした国民に応える政府への転換である。こうした社会構造の転換と同時に、複雑高度化、多様化、国際化等がより一層進展するなど、内外にわたる社会情勢も刻一刻と変容を遂げつつある。このような社会にあっては、国民の自由かつ創造的な活動が期待され、個人や企業等は、より主体的・積極的にその社会経済的生活関係を形成することになるであろう。」
(司法制度改革審議会意見書 I 今般の司法制度改革の基本理念と方向)